aiueoworld’s 小説

藍 宇江魚の小説 エッセイ集

2021-06-01から1ヶ月間の記事一覧

遠巻きの寛容 第3話「疑心」

朝。 開斗は玄関で祐平の背中を抱いた。 「こらっ」 「会社じゃ出来ないし」 「遅れるぞ」 「上司もね」 二人、笑う。 「今夜、社長と飲むの?」 「うん。先に寝てて良いよ」 「飲み過ぎないように」 「わかってる」 二人はキスをした。 * 「やれやれ。ここ…

遠巻きの寛容 第2話「虚実」

「桜井」 祐平は開斗を押し離した。 「セクハラだぞ」 「俺、本気ですよ」 「わかった。だが、今夜は帰って寝ろ」 「祐平」 「編集長だ」 * 午前5時前。 ホテルの自室で目覚めた祐平はベッドを出て窓の外を眺めた。 彼の目に蒼白い都会が酷く生彩を欠いて…

遠巻きの寛容 第1話「理由」

1990年3月7日、水曜日。曇天。 神保町、時刻観書店。 仕事で必要な本を探しあぐねた桜井祐平は、近くの若い男性店員に声を掛けた。 「はい。何か?」 「この本、あります?」 祐平、メモ書きを彼に渡した。 「少々お待ち下さい」 彼はすぐ戻ってきた。…

黒と白

寝室の姿見鏡に映る自分を見ながら哲司は顔をしかめた。 「喪服に白いマスクはなぁ…」 独立前に勤めていた会社で入社以来世話になった上司にして、自分の会社の主要取引先の社長が急逝し、その日の午後に社葬が執り行われる。 「社葬だろ。マスクは黒の方が……

傘男

あれは、澄み切った夜空にぽっかりと浮かぶ十三夜の十時過ぎ頃のことだった。 駅ビルの建て替え工事のために設置された鋼鉄製の白い工事フェンスの前で、透明のビニール傘をさし、往来の人々に背を向けて佇む三人の男たちがいた。 静かに凛と輝く月。 曹昂に…