aiueoworld’s 小説

藍 宇江魚の小説 エッセイ集

EVキックボードがあれば

『電動キックボード。公道解禁』

 

 記事を読んでいて去年の出来事を思い出しました。

 

 2020年3月。

 ある日の朝、叔母の看護ヘルパーと名乗る女性から電話がありました。

 

「…突然、警察から入ると驚かれると思って電話しました」

「はぁ…」

「叔父様。実は、自宅でお亡くなりになって発見されたんです」

 

 彼女は認知症を患っている叔母のヘルパーさん。その日、彼女は叔母の転院の件で話しをするため叔父の家へ行ったところ、自宅で亡くなった叔父を発見とのことでした。

数年前から、叔父は自分も含めて親戚たちとの付き合いを断っていました。ヘルパーが彼女に変わって、頑な叔父から漸く聞き出した連絡先が自分だったようです。それで彼女は、叔父の死を私に一報してくれたのでした。

 そのヘルパーさんとの電話を切って程なくして警察署から電話が掛かってきました。

「ご遺体の引き取りをお願いできませんか」

 そんな経緯から、叔父の遺体を引き取るために私は奈良へ急遽向かったのでした。

 

 コロナの緊急事態宣言直後、不要不急の外出は控えろとのお達しにより出歩く人々は疎らでした。少し前まで、人出で賑わっていた街に人の姿は殆ど見られません。乗り換え駅の池袋駅も閑散としていまいた。

 山手線の乗客も、車両に10人居れば賑やかに感じられます。ただ、どの乗客も互いに近づくことを避けて立っていました。席は空いているけど、誰も座ろうとしない。空気が澱む座り位置に留まると思われているコロナウィルスを嫌ってのことでした。

 昔、『復活の日』というSFのベストセラー小説がありました。その中で、電車で通勤途中のサラリーマンが咳をして睨まれるという場面がありましたが、その緊迫した雰囲気をリアルで感じるような車中風景でした。

 品川駅で降りて新幹線に乗り換えましたが、ここにもまた人が居らず、新幹線のプラットホームで漸く10人前後の乗客を見るような有様でした。余りの乗客の少なさに、不要不急とは言え、奈良に行って本当に良いのだろうかと妙な罪悪感に襲われました。

 何より驚かされたのは、新幹線に乗ってからでした。

 車両に自分も含めて、乗客が三人しか居ないのです。

 …貸し切りって、いつ以来だろう…

 等と不謹慎な事を考えてました。

 名古屋を過ぎた頃、刑事さんから連絡がありました。

 

「何時ごろ到着されそうですか?」

「夕方の6時前後になると思います」

「気を付けてお越しください。私の方は、少々遅くなっても大丈夫ですので」

「ありがとうございますむ

「余計なことかもしれませんが、来られる前までに葬儀社と連絡を取られると良いかもしれませんね」

「えっ。葬儀社ですか?」

「はい。ご遺体のお引き取りの後、連絡されると時間が掛かりますから。無理にお勧めはしませんが…」

「葬儀社と言われてましても。どこかご紹介頂けませんか?」

 

 紹介された幾つかの葬儀社から連絡の即取れたところに決め、警察署で待ち合わせをする段取りをとったのでした。

 警察署のある最寄り駅に到着したのは夕方6時過ぎでした。

 刑事さんからとネットで調べた情報から、警察署は駅から歩いて行けそうな感じだったので向かいました。しかしながら、実際に歩き出すと不安が募ります。土地勘が無いから本当に道が合ってるのかから始まり、日はどんどん暮れていく、距離も長く感じる等、諸々に心細さを感じるのと、何だか疲れて歩くのも嫌になる。こんな時はタクシーに乗るのが一番良いのですが、国道を行き交う車は多いけどタクシーは全然通らない。

 バスでも良い。

 自転車、あれば好いなぁ。

 そんなボヤキを呟きながら、トボトボと歩くのでした。

 後で知ったことなのですが、奈良って流しのタクシーが走ってないらしい。だからタクシーを利用する時は、配車センターに電話をするお作法らしいです。でもこの無知が、後々私を更なる披露へと誘うことになろうとは、この時は露ほども予想していませんでした。

 警察署に入ると、若い私服警官が応対してくれました。このひとが叔父の件を担当してる刑事さんペアの一人でした。メインはもう一人らしく、呼びに上がり、程なくして彼を連れて戻ってきました。

 刑事さんって聞いたので、強面、スーツと思い込んでたんですが、実際には二人ともラフな服装で、拍子抜けするほど丁寧で腰が低い。その日が夜勤らしく、服装はそれでラフだったようです。

 手続き、確認、聴取、事情説明など1時間ほどのやり取りで終わり、叔父の遺体に会いたいと申し出るとOKされました。

 叔父は眠っているような、肩の荷を下ろしてホッとしたような、そんな死顔でした。

そんな叔父の顔を見て、何だか自分も安堵させられました。

 

警察署の駐車場で、先に連絡した葬儀屋さんと会いました。これからの段取りやら何やらの話の最後に、ご遺体の保管や火葬に死亡診断書が必要なので明日貰えないかとのことでした。私も明日には戻らなければならない事情があり、そうなると今夜中に死亡診断書を手に入れる必要がある。叔父は、自宅で亡くなっているので検死を受けており、死亡診断書は検死を担当した医師が出してくれるようでした。打合わせの後、刑事さんにそれを話すと受取れる段取りをつけてくれ、急遽、当該の病院へ向かうことになりました。

 

「タクシーで行かれますか?」

 刑事さんが尋ねます。

「タクシーですか?」

「呼ばないと、拾えないですから。電話で呼んだ方が良いですよ」

 

 助言に従い、呼んだタクシーに乗って病院へ向かいました。

 夜の8時を回ってましたね。

 病院。

 閑静な住宅街のど真ん中にあるんです。

 タクシーの道中で今夜泊まるホテルと病院の位置関係を調べると、歩いて行けそうな感じなので帰りは車でなくても大丈夫だなと、楽天気分でした。

 病院で出された書類には、死亡診断書ではなく『死亡検案書』とありました。検死の場合はこう言うのだろうかとぼんやり思いながら病院を後にし、ネットの地図を見ながら道を進みましたが、段々、何とも心細くなって。静かで、暗過ぎて。人が居ない。車なんか一台も通らない。いいや、通る気配すらない。少し歩くと、古墳を整備して公園にしたような場所にぶち当たる。本当にこの道で合ってるのかと、不安が募り、寂しかった。

 タクシーなんか期待できない。

 兎に角、歩き続けて20分。

コンビニを見た時の嬉しさと言ったら、格別安堵でした。

国道に出て、駅に向かう途中でホテルを見つけ。

ホッと、一安心でした。

ホテルも人が居なかったなぁ。

地下に温泉風呂があるのですが貸し切りみたいな感じで、ちょっと贅沢できましたが。

翌日も朝から忙しく。

葬儀屋さんに会って『死体検案書』を渡し、叔母が入院している病院へ行って面会と主治医に会い、ケースワーカーの方と打合わせです。病院が駅からかなり離れていて、往復はタクシーでした。帰りのタクシーの運転手さんから、奈良には流しのタクシーが無いので電話で呼ぶんだという作法をこの時初めて聞かされたのでした。

首都圏感覚でタクシーを利用できないんだなと、良い勉強させてもらいました。

 

『電動キックボード。公道解禁』

 

 こんな記事を目にして、あの時にこれがあったらとシミジミ思います。

 もし持っていたら、持って行ってたかなぁと思いますが。

 タクシー事情やお作法を知ってたら持って行ったかもしれません。

 折りたためば、電車に乗って持って行けるし、折りたためばホテルの部屋に置いて置けば良いし、折りたたまず駐輪場に置いても良い。ホテルに置いてる間に充電しておけば次の日も使えますしね。

観光地に持って行けば、行動と楽しみの幅が広がるかもしれません。

 

 たた一つだけ、懸念が無くもないのですが…。

個人的な事情でして。

それは、自分がとても方向音痴だと言うことです。

この便利な乗り物に乗って、とんでもない所へ行ってしまったらどうしよう。その挙句にバッテリーが切れてしまったら、どこで充電すれば良いんだろう…。

取り越し苦労かな。